Research topics
~近藤始彦~
〇イネの多収性の生理遺伝要因の解明と収量ポテンシャルの向上
現在の日本ではコメは需要に見合った十分な量が生産されていますが、世界的にみればコメの生産増加が求められています。また多収品種栽培が実現できればコメやわらの多用途利用による水田の有効活用や食料自給率の向上も期待されます。日本のコメの全国平均収量は約540kg/10aですが、一方で1000kg/10a以上を記録する多収品種が特にインディカ遺伝資源を利用して開発されています。私たちはこのような多収性インディカ品種の生理特性の解析と原因遺伝子の解明を進め、これまで以上の収量ポテンシャルをもつイネの作出とそのポテンシャルを発揮させるための土壌環境の解明を目指しています。
・炭素安定同位体を用いたインディカ・ジャポニカ品種の登熟・転流における炭素フロー・代謝の比較解析と遺伝解析
・多収インディカ品種の根系形態の特徴と下層からの養分吸収の収量への寄与
・多収のための根圏環境の解明と制御。根圏における硫化水素の動態と根系反応。水管理による制御。
〇イネの養分獲得機構の解明と活用
作物生産では生産性に加えて資源循環をいかした環境負荷の小さい持続的栽培システムが必要です。私たちは、多収イネの根系の養分獲得機構を解明し、肥料の低投入下でも高い生産性を維持できる持続的生産への貢献を目指しています。またコメへの放射性セシウムの蓄積軽減のためにセシウム吸収・移行メカニズムの解明も行っています。
・インディカ・ジャポニカ品種のセシウムとカリウムの吸収メカニズム解明
セシウムとカリウムの吸収、および体内での移行における拮抗作用とその原因メカニズムを解明し、効率的なカリウム施肥対策に寄与します。また多収インディカ品種はジャポニカ品種に比較して一般にセシウムおよびカリウム吸収が高いことが知られています。それらの原因QTLの解明を目指しています。
・多収イネの窒素獲得・固定メカニズムの解明と利用
水田は長期間にわたり窒素肥沃度を維持できることができることがしられていますが、その一因は土壌やイネ根圏での単独・半共生窒素固定、植物体内のエンドファイトによる窒素固定の寄与によるものです。私たちは日本および熱帯の水田における窒素固定系メカニズムの解明と改良により、多収イネの窒素獲得能力の増強を目指しています。
・イネの耐塩性の解明と改良
塩害は世界的には大きな作物生産制限要因であり、日本でも東日本大震災による地盤沈下などによる塩害発生が続くことが懸念されます。新規に開発された耐塩性イネ系統・品種についてナトリウムの吸収や地下部から地上部への移行特性と原因遺伝子の解明を進めています。
〇温暖化への対応
近年の夏季の高温化により白未熟粒や胴割れ粒の発生によりコメの品質低下が大きな問題となっています。また開花時の高温による不稔の発生と収量への影響も熱帯だけでなく日本でも今後発生が増大することが懸念されます。地球規模での温暖化、高CO2化への対応は作物生産の大きな課題です。
・高温下でのコメ外観品質の向上
胚乳が白濁する白未熟粒の形成過程をデンプン合成代謝などから解明するとともに、その抑制に関与するQTLの解明と利用に取り組んでいます。
~矢野勝也~
〇高CO2環境と植物生産
産業革命以降、化石エネルギーの消費増に伴って大気中のCO2濃度が上昇を続けています。CO2は地球温暖化をもたらす厄介者というイメージが強いかもしれませんが、光合成を営む植物にとってCO2は “主食”でもあります(植物乾燥重量の約90%はCとOで出来ています)。潜在的には、CO2濃度の上昇は光合成を促進し、作物のバイオマス生産能の向上が期待されます。しかし、高CO2環境下で作物を育成すると、必ずしも期待通りに生産能が向上するわけではありません。このギャップの原因を解明し、上昇する大気CO2濃度を作物生産能の向上に活用することを目指しています。
〇植物の養水分獲得能
ギャップの原因のひとつとして、植物の“副食”である土壌養分が不足している可能性があります。多くの場合、窒素やリンが不足しやすいですが、それを補う共生系(根粒・菌根)の役割がさらに重要性を増すかもしれません。一方で、高CO2環境は多くの植物の蒸散を抑制するため、水分消費量を低下させます。しかし、植物の水要求は低下するかもしれませんが、蒸散を駆動力にした養分獲得能が低下する懸念もあります。これまで作物の土壌養分獲得能に関する研究を行ってきましたので、それを活用して高CO2環境下での作物生産能を向上させる条件・方策を探求しています。
〇高CO2に対するイモ類の応答
また高CO2環境下では、葉に炭水化物が蓄積して光合成能が低下することも問題視されています。これを回避するには、葉から他の器官に炭水化物を輸送することも重要です。この観点から、貯蔵器官が肥大成長できるイモ類の役割に着目しています。例えば、イネやコムギなどでは出穂時点で炭水化物貯蔵容量がほぼ決定されますが、イモ類の貯蔵容量にはそのような制限はありません。このような特性を有するイモ類が高CO2にどのような応答を示すのかに興味があります。なお、サツマイモは体内に生息するエンドファイト細菌の窒素固定によって、相当量の窒素を大気から獲得しているようです。大気からも窒素を獲得し、炭水化物貯蔵能が制限されにくいサツマイモが、高CO2環境下で優れた機能を発揮するかどうかにも関心があります。
〇枯渇するリン資源の効率的利用
リンは窒素・カリウムとともに植物肥料の三大要素のひとつです。リン肥料はリン鉱石を原料として生産されていますが、このリン資源は今世紀中にも枯渇することが危惧されています。さらに、CO2濃度が上昇すると作物生産におけるリン要求が増加する可能性もあり、リン資源の需要が益々増加していくとみています。ただし、土壌にリンを施肥しても作物に利用されるのは10%程度に過ぎず、残りの大部分は作物に利用されずに土壌に蓄積しているのが現状です。そこで、1)リン肥料の利用効率の向上、2)土壌蓄積リンを利用させることが重要な課題となります。1)に関しては局所施肥や菌根共生系、2)に関しては難溶性リン溶解能を有する根分泌物と菌根共生系との相互作用に興味があります。
〜杉浦大輔〜
新規の計測機器・解析技術の開発を通じて、
様々な時空間スケールで作物の生理生態特性を解明する
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◯個葉レベルの光合成研究
これまでから現在にかけて、モデル植物(シロイヌナズナ、ベンサミアナタバコ、ミヤコグサ)、マメ科作物(ダイズ、インゲン、アズキ)、イネ科C₃・C₄作物(イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、シコクビエなど)、針葉樹(シラビソ、オオシラビソ)の光合成の環境応答を、実験室レベルからフィールドレベルで、様々な光合成解析装置を用いて研究しています。学内外の研究者とも多くの共同研究を進めています。
●光合成ダウンレギュレーション:シンク (光合成産物の需要) とソース (光合成産物の供給力) のバランスが崩れると、葉に糖やデンプンが蓄積し、光合成速度が低下することが知られています。篩管輸送を遅延させる冷却システムを開発し、光合成測定とRNAseq解析を組み合わせ、その背景にある分子生理メカニズムを明らかにしつつあります。
●気孔開閉速度を決定するメカニズム:植物は気孔を開いてCO₂を取り込む際に、大量のH₂Oを失っています。我々の研究から、C₄作物はC₃作物よりも非常に素早い気孔開閉速度を示すことで水損失を抑制し、このことがC₄作物の高い水利用効率に寄与することを明らかになりました。現在、C₄作物に迅速な気孔開閉をもたらす形態学的、生理学的要因の解明に向けて、研究を進めています。
◯個体から群落レベルの物質生産・水利用研究
光合成測定装置を用いれば、個葉レベルの光合成速度・蒸散速度は簡単に評価できますが、個体レベルとなると話はそう簡単ではありません。とはいえ、マイコンボードやIoT技術を活用した装置を開発することで、様々な土壌水分条件における作物個体レベルの水消費量の連続的な評価が可能になってきました。これらの技術開発を通じて、様々な作物の様々なストレス応答評価や、節水条件下で高いパフォーマンスを示す作物種・品種の選抜を目指した研究を展開しています。
また、群落レベルの物質生産 (バイオマス) や水利用量の評価は、作物学における最も重要な評価項目といえますが、それらの評価には多大な時間と労力を要し、技術的にも不可能に近いとされるものも多くあります。しかし、様々な光学センサー・熱センサー・環境計測センサーを組み合わせ、得られたデータの解析技術を新たに考案することで、群落レベルの物質生産や水利用量を精度良く推定可能になってきました。これらの技術を駆使し、より新しい装置・解析法の開発を並行して行いながら、フィールドレベルの作物生産の向上に向けた研究を展開しています。
●イネ群落LAIの連続・非破壊計測法の開発:イネ群落内外で、植物の葉に利用されにくい近赤外放射 (NIR) と利用されやすい光合成有効放射 (PAR) を測定し続けることで、イネ群落成長の移植から成熟期まで連続的に評価する手法を開発しました。2020年から、異なる気象条件の日本4地点で、この手法を用いた多収イネ品種の群落成長・微気象応答性の評価を通じて、収量決定要因を解明する研究プロジェクトを進めています。